牧師アーカイブ

ここでは牧師によるドキュメントを掲載しています。

礼拝説教

子どもたちと礼拝、1987年8月30日、主日礼拝説教

私たちの教会は、ご存じのように大人から子どもまで親子一緒に主日礼拝をささげています。これは、単に会堂が狭いからというような理由からではなく、きちんとした神学的理解に基づくものです。 教会にはいつも新しいかたが加わってくださいますし、また古くからの青年会員も結婚し親となって初めて、以前は意識しなかったこの原則に思いいたることでしょうから、この原則は、定期的に繰り返し確認しておく必要があります...

雑誌

変わるもの・変わらないもの「100万人の福音」95年7月号

秋も深まったある休日、当時中学二年生だった私は、クラスの友達六、七人とサイクリングに出かけました。 その頃の私は、父の仕事の関係で二年ほど静岡県島田市で暮らしていました。東京の近くから越して来た私を、田舎の友人たちは特に差別するでもなく、遊び仲間として受け入れてくれていました...

彼の打ち傷によって、「100万人の福音」96年1月号

今ではもう遠い昔、季節が冬からようやく早春に移ろうとする十代の後半、友人と二人で北の街に旅をしたことがあります。 正確には一緒に旅をしたのではなく、その街で待ち合わせることにして、それぞれ別々に出かけたのでした...

わたしの名を呼ぶ声、「100万人の福音」96年7月号

その老紳士が私たちの教会にふらっとおいでになったのは、もう六、七年前でしょうか(老紳士と呼ぶにはいささかくだけた格好をしていましたが)。 「自分は病気で、あと一、二年だろう。近くのキリスト教会に出席しておなじみさんとなり、いずれはその教会の牧師さんにキリスト教式で葬式をあげてもらおうと思っている」といったことを口にしておられました...

アブシャロムの柱、「100万人の福音」97年1月号

ニューヨーク、ロウアー・マンハッタン。 ワールド・トレード・センター。 ツイン・ビルの南側タワー107階にある展望室には、いったん中二階に行ってチケットを買ってから再び一階に降り、そこからエレベーターを利用して上がることになります...

週報

ヨハネの福音書21章の黙想、1982年4月11日から7月4日まで週報に連載

第2次大戦中、連合軍がナチス・ドイツ軍の必死の抵抗に阻まれながらもヨーロッパに上陸、ベルリンに向けて侵攻を開始した時、全世界は、戦争は事実上終結したことを知りました...

第4回日本伝道会議、2000年7月より週報に3回に分けて掲載

2000年6月27日(火)〜30日(金)、沖縄県ぎのわん宜野湾市(那覇市のすぐ北)にある沖縄コンベンション・センターを会場に、第4回日本伝道会議が開催されました...